2010'11.15.Mon
level.51
昨夜22時過ぎに無事、我が家に戻って来ました。
何が一番大変だったかと言えば、我が家までのビルの階段を登ることです。
バック、重っ!!
上の階のカメラマンを呼んでこようかと思ったけど、ふと、自分の今の格好を見てやめました。
日本人に…見えるか?
デリーの空港で偶然出会った日本のリーマンからも、そして香港→日本への飛行機でとなりになったリーマンからも、そして、空港から家までの交通機関の中でも…
みんな、私を避けていた…!
サリーではないけれど、インドで買ったチュニックを着、その上からジャージを着、顔はスッピン、髪はボサボサでまるで漫画家の、う○たのような髪型をしていた私を見て、日本の独身OLとは誰も思うまい…。
しかし、それにしても日本人は外国人にビビリすぎ。単なるチビッコに脅えすぎ。
国際線ターミナル→国内線ターミナルを行くバスがトイレから出てきたとき丁度来たので走って飛び乗ると、
「並んでたんですけど~」
とボソリ聞こえたので振り返り謝ろうとしたら、男性がビクッとして眼をそらし何も言わないので、空耳だったかしら?と思ったのも、
地下鉄で一番端の席で、うつらうつらしてて気付けば席がギュウギュウだったので、慌てて詰めれば、隣に座っていた女性が、何故か、
「すみません…」
と物凄い恐縮して謝るし…。
いや、こっちこそすみません。
そんな日本の洗礼も受け、朝、窓をあければ、日本語が聞こえるこの見慣れた光景を見、
ああ、帰って来たんだなあ…と。
こんにちは、スナです。
たったの1週間だったのに、なんだか随分長く日本を離れていた気がします。
今回の旅は。
前回の海外とは全く持って異なり、写真やらパンフレットやらのちょっとした旅の思い出が殆どありません。
あんなに写真を撮るぞ!と鼻息荒くデジカメも一眼レフとコンデジを抱えて乗り込んだのに、殆ど撮っていません。
それは、
写真では表現出来ないモノたち。
だったからです。
私のこの肌で、目で、耳で、口で…体でしか分からないモノたち。
逆に切り取ってしまうと、チャチで廃れてしまうモノたち。
単に私のカメラ技術が未熟だったのもありますが、カメラを構え、シャッターを押す時間すら、勿体無くて…。
それよりもこの目で見、心に焼き付けたい。
インド人は大人も子供も外国人に大変興味を持ち、怖がりもせず、近寄ってきたり、微笑んだら微笑み返してくれます。
カメラを向ければ大喜びをしますが、でも私はその時間よりも握手をしたり、手を振ったり、挨拶をしたかった。
レンズを通さず、じかに心で触れ合いたかった。
そう思ったら、カメラが邪魔くさくなり、車の中に置いてきてしまったりして、ガイドにビックリされたけど、上記のことをジェスチャーも加えながら話せば、
そうだね!feelingは大事なことだ!とニッコリ笑ってくれました。
写真を撮りたくないと思う場所があるとは、思いもしなかった。
どうして私は。
ずっとずっとインドに行きたかったのだろうか…?
アグラ→デリーに向かう、長い長いドライブ中に、「皆にアンケートをお願いしている。これは私自身とお客さんとのプライベートのアンケートで、会社は関係ないから、もし良かったら書いて欲しい」
そう渡されたボロボロの表紙の厚紙もないノートには、沢山の今まで彼が担当してきたお客さんたちの名前と連絡先と、そして好きなモノや夢や…そんな項目に対する答えが書かれていた。
その中に「なぜインドにきたのか?」と彼直筆の日本語で書かれた項目があり、そして私は悩みました。
何故…?
今後も。
彼は担当したお客さんたちにこのノートを差し出し、私もしたように他の客の内容を読んだりするのだろうから、あまりヘタなことは書けず…。かといって何故?と今更ながら直球で突きつけられると、分からない。
何故…?
結局「ずっと気になっていてそれを確かめたかったから」と書きましたが、しかも他の客は丁寧に英語やひらがなで彼が分かりやすく書いているのに対して私は上記のまま、書きました。
案の定、「確かめる」と言う言葉を彼は分からず聞いてきましたが、日本語でも英語交じりでもゴニョゴニョとしか答えない私に、白黒ハッキリのインド人の彼は、速攻諦めてくれました。
何故、私は行きたかったのか?
インド人の彼が日本に興味を持っているのは分かります。逆に問うた時、私が想像していたことと同じような事を彼は元気に答えてくれたから。
日本のマンガは好きですか?と聞けば、勿論!と答え、内容のレベルのことになるかと思えば、
「紙がきれい」と…。
マンガ本の紙に彼はビックリしたそうです。勿論、ドラ○もんとか知っていて、ジャイアン凄い!と色々話してくれましたが、まず、素材かよ?と…。
日本とインドでは「物質の豊かさ」が全然違います。
デリーに1人暮らししている彼は、テレビも持っていないとのこと。
私のホテルの部屋のテレビを勝手につけ、歌番組にし、一緒に歌って踊っているその姿を見たり、私の一眼レフをみてビックリしていたり(日本人は皆、ソ○ーのコンデジを持ってくるらしい…)でも写真を撮るのが大好きな彼は、写真を放棄した私の代わりに沢山写真を撮ってくれた(殆どボヤけているんですが…)
でも、彼は彼自身のカメラを持っていない。
日本に行きたくても、チケットを買うお金が貯まらない…。
彼が手に入れたくてどうしようもないモノたちを、私は当たり前に手に入れることが出来、事実持っている。
彼は…
どんな気持ちで日本人たちが持ってくる高性能のコンデジを受け取り、代わりにシャッターを押し続けて来たのだろう…。
「勝手に使って良いよ。データは日本からメールで送るから」
私は旅の間、コンデジを彼にカメラを託しました。私なんかより、彼の方がすばらしい写真をとってくれると思ったから。
四季があり、ネットや本でみた「桜」が大好きだと言う彼は、メールアドレスにも「sakura」を入れていました。
優しくて品があり、丁寧で控えめ。そしてお金や良いカメラを沢山持っている日本人が好きだし、治安が良く便利が発達している日本に興味を持っているワケです。
逆の立場からみた日本人の私が、何故インド…?
旅の途中の日記でも書きましたが、スピリチュアルな部分をインドに感じやってきたのかも知れないし、単に、皆が「インドに行けば人生観を変えさせられる」と言うようなことが、自分の人生観も変わるのか知りたかったと言うようなミーハーな部分もあったのかも知れない。
確かに。
インドは凄いです。私も、私の今までの人生って何だったんだろう…ととてもチッポケなものに思い、シュンとしてしまったこともこの旅の途中であります。
ヒンドゥー語は全く分からない私なのに、日本語を日常会話程度に使いこなしているガイドの彼に驚かされ…。どれだけ彼は努力をし、勉強をしたのだろう…。途方もない時間に感じた。
ガイドの彼1人をとっても、インド人は本当にパワーがあり、まさに「有言実行」です。
「日本語、苦労した?」と聞けば、「好きだから苦労じゃない」
インド人らのパワーにあてられ、日本とは比べ物にならない過酷な環境化、そしてピリピリと突き刺すような太陽の痛い光に、ほんの1週間の間でも、何度も疲れ果て、体力が低下すると共に、元来の気弱でウジウジする悲観的な私が顔を出し、その度に、ガイドの彼は、
「リラックス!リラックス!何も心配はありません。でもあるなら小さなことでも言ってください」
そう言ってインドスマイルをしてくれました。
だから私は、気軽に道行くインド人と話を交わしている彼に、後で「何を話したの?」と面倒くさいことまで聞いたりしてましたが、それでも彼は私が聞く前に「こんな話をしました」と言ってきてくれたりもするようになった。
それらは本当に些細な事内容で、本当に友達でも何でもない見ず知らずの人なのにまるで友人のように話をしているその姿が、私の田舎を思い出させるものでした。
でも1つ、ガンジーさんのお墓である「ラージガード」の前でガイドを受けているとき、警備員からワーワー言われて、何をそんなに怒っているんだ?!とビックリし、後からガイドの彼に聞けば、
「後ろが詰まっているんだから、早く行け!って言ってたんだよ…。でもちゃんと謝ったから大丈夫。心配しないでください」
と苦笑いをしながら渋々答えてくれました。
せっかちで、せわしなく、そしてどこもここも人が多いインドでは有り触れたことらしいのだけど、警備員さんの言葉も分からず、そして謝ることすらも出来ない私のココでの存在が、赤ん坊並みの存在なんだと言う事を痛感し、何も出来ない自分が悔しくて居た堪れなかった。
旅行者なのだから仕方のないことなのかもしれない。
お金を払って依頼しているガイドに任せるのは当たり前のことで、逆に下手に私が動いたらガイドの彼にも旅行会社にも皆皆に迷惑が掛かる。
それでも、私は彼と対等でありたいと思った。何も出来ないくせに、そんな立派なことばかり考えてしまう自分が情けなくて、すぐに顔に出てしまう私の不穏な空気にガイドは、私を嫌な気持ちにさせてしまったのかと気にかけてくれましたが、上記のことを述べると、「有難う」と無理して笑ってくれました。
事実。何もできないのだから仕方がないし、誰が悪いと言うわけでもなく、そして何が悪いってことでもない。
ただ、彼が日本に来たときは、名所の桜が満開に咲いているのを見せてあげたいと思います。
一人旅でも、そして団体ツアーでもない旅。こんな思いをすることになるとは考えもしていないことでした。
ガイドの彼には。
本当に沢山お世話になりました。笑顔で笑いあったこともあるし、ケンカもしました。
ガイドとして一生懸命説明してくれ、そしてツアリストとして一生懸命話を聞きました。
一緒に食事もし、意外と辛くなく、むしろ日本で食べるカレーの方が辛くて刺激が強いので「美味しい美味しい」とパクパク食べている私に、猫舌で辛いものがニガテの彼は、私が頼む料理に苦戦し、そしてデザートにアイスを注文し、そのアイスが迷わず私の真ん前に置かれ、恐縮しながら食べているのがおかしかった。
スケジュールに含まれているガイドのほかに、個人的な質問…例えばインドの国旗の意味や、ビザ発行依頼の書面に描かれていたヘンな絵についての説明、そして入国カードにある、外国人は「None」にチェックでOKだけど、その他のチェック項目の意味などなど…沢山質問したけど、彼はすぐさま積極的に分かりやすく教えてくれた。
私はきっと…答えることが出来ない。日本の国旗のこととか聞かれても「日の丸?」としか答えられないし、日本政府が発行している書面にモチーフがあるかどうかとかも知らない。入国カードなんて日本人だから簡単だし、何も考えずに書き終わり、良く見たこともない(今回もそうだった)
そんな、
自国では当たり前すぎて何も興味も関心も持っていないのに、彼はガイドと言う立場もあるからかも知れないけれどちゃんと答え、そしてインドを愛している。
私が海外に行きたくなる理由は。
日本を愛し、そして自分が日本人であると言う事に誇りを持ちたいからです。
外から見ると本当に良く分かる。
当たり前過ぎて感覚が麻痺して…何にも有り難さを感じなくなったら皆さんも是非、外に出てみたら良いと思います。
でも。
どうして私はインドに惹かれそして行ったのか…?
これについてはヤッパリうまく答えることが出来ないけれど、でもそれで良いのかも知れません。
結局は。
インド人のガイドと沢山笑い、沢山ケンカをし、沢山困り困らせた、その間は、
インド人だとか日本人だとか、そんなことは全く関係なかったのだから。
明日1日休み、またこの日本で私は日本の社会人の日常です。ガイドの彼も同じ明後日からまた次のツアリストにガイドをするとのこと。
あの、
11月だと言うのに半袖でも汗ばみ、喧騒の中、沢山の人が行きかう混沌としたインドに、
私はまた行きたいと思います。
Post your Comment
profil
kategorie
poslední verze
(12/31)
(08/07)
(07/26)
(04/13)
(03/12)
(03/04)
(02/11)
kritika
[01/07 danna]
[08/12 える]
[02/19 ちか]
[02/15 える]
[01/12 える]
[11/16 ちか]
[11/14 きのきの。]
[11/11 みち]
[11/11 kotomi]
[11/11 ゆきんこ]
linkovat
svobodný