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cesta 07

かいしんのいちげき

2019'09.20.Fri
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2010'12.18.Sat



level.51


ご無沙汰してます。スナです。三寒四温、皆さん順応してますか?ついていってますか?

私はついていけてないです。死にそうです。もう限界です。


大して誰かにお歳暮を贈ったりすることもなく…忙しくはない筈なんですが、かなり体力的にも精神的にも参ってしまっています。

やばいな…。風邪はちっとも引きませんが、かなりやばめです。


そんな中。

唯一、何とか私を支えてくれているのが、インド人の彼からのメールな訳ですが、そんな彼も、今月から働いている仕事がかなり忙しいみたいで死に掛けているようです…。

私の3倍はパワフルな生き方をしているインド人の彼が苦しんでいるなんて、相当凄い生活なんだと思うし、実際、メールから察するに凄いです。

つうか。

英文3行で「おぇ~」となっていた私が、今では彼の苦しみ喘いでいる日常長文の英文を「ふんふん」と読んでいる段階が、ぶっちゃけ、

自分、すげぇ…。

と思ったりします。ホント、英語は勉強じゃないね、訓練だね。日常で使えばそりゃ、読めるようにもなるさね…。

と言っても。
相変わらず自分が英文を作成するとなると、これは全くの別問題で、相変わらず苦戦してます。

語学って…読むのと聞くのは結構簡単にマスター出来ても、自分から発するのは大変なんですな。

最近は…。
彼が寝る暇も、そして彼にとって命とも言うべきお祈りする時間すらも無いような状態なので、私とのSkyぺでの会話もここ暫くお預け状態なのもあって、もっぱら私の発音練習は基礎英語が相手をしてくれるのみなのですが…独り言のようなモンでは中々上達しませんな。

早く英語がペラペラ話せるようになりたかー!!

語学学校にでも通うか!?とも思いましたが、これがまた、高い!!しかも、仕事が遅いので中々時間が合わない…。

市や区がやっているレッスンはないかとも探しましたが、キッズ英語くらいしか英会話はなくて…もう、キッズでも良いよってか、むしろキッズが良いよと思ったけど、本当にキッズしか受けられないんですよ…。


こーゆー。
グダグダ考えている段階で、私はヘタレなんだと思います…。インド人の彼は、もう何年も前から英語と日本語の語学学校に行き、そして大手の旅行会社に就職した今でも、24時間体制のこの職場でシフトを上長に願い出て今でもちゃんと語学学校に通って両立させている…。

だめだなあ…私は。


そんなヘタレな私に、彼は毎日ちゃんとメールを届けてくれます。どんなに忙しくて家に帰れない日々が続いていても、会社のPCからメールをくれます。

相変わらずの…力強くて前向きで、そして繊細で優しい言葉を、英語とそしてローマ字と…時には日本語でも…。(日本語変換ソフトがあるらしい)


最近。気づいたことがあります。

もちろん、上記に述べたように英文に慣れ、読めるようになったと言うのもありますが、それとは全く別に、

文字や言葉ではなく、心で感じるものがある。と…。


小中学校で。
一般的常識の日本語はマスターし、幼いころから本を読むのが好きだった私は、日本語と言うものを大して苦労せずに当たり前に学びそして使ってきた。

こうして今、ブログなんぞも書いたりなんかしちゃって、最初は戸惑って何を書けば良いのかわからなかったけど、今では自分でも呆れるほどスラスラグダグダ文章を書いている。


だから。
文章とか、文字とか、あまり深く考えたことがなかった。

でも今。
それなりに一生懸命日本語を読み書きし、学んだあの幼い頃の自分を重ねるのと同時に、その時は感じることも想像することもなかった感情を今は感じています。


心で感じたいものが、ある。


日本語とは違い、英文は、かなり単刀直入です。YesかNoです。白か黒かです。

グレーはない。

だからまた余計に彼の文章が私の心に突き刺さるのかも知れないけれど、彼がインド人であることを忘れてしまうって言うか、インド人とか日本人とかどうでも良くなってしまうほど、彼の言葉はいつもどれも、丁寧で優しい。

単刀直入なのに、相手を思いやる心で溢れている。

彼の言葉はいつも、彼の心で溢れている。


どうしたらこんな文章が書けるのだろう…!?

決して複雑な英文でもローマ字の日本文でもありません。それなのに、まるで今、目の前に彼がいるかのように、彼の心が飛び込んできます。

すごいなあと…ただ、すごいなあと思う。


上記に。
インド人とか日本人とか関係ないとか言うこと書きましたけども、たぶん…

彼がインド人だから、私はこんなに感動もするのだと思います。矛盾しててすみません。

この島国日本を、その目で耳で肌で…体で何1つ実体験したことないのに、こんなにも彼は日本をそして日本語を愛していると言う事が、日本人の私を感動させているのだと思う。

日本人の私の心をこんなにも揺り動かしているのだと思う。


「日本語は、ヒラガナとカタカナとそしてカンジがあって複雑で難しいけれど、とても美しくて、そしてとても面白い」

彼と一緒に旅をしているとき、彼は私にそんなことを言ってくれました。

私も、日本語が世界で一番美しい言葉だとこれだけは本気で思っているので、凄く嬉しかったから、良く覚えています。


それなのに。

現実は…
その美しい筈の日本語を当たり前に常識的に使いこなす日本人たちから、毎日毎日日々、とんでもないことばかり言われて、それに答えるために、自分を守るために、必死で絶対に日常では使わないだろう!?てな超敬語を駆使し、自分でも良く理解していない日本語をぺらぺらと捲くし立てている…。

冷たい言葉だけが降り積もる。意味も何もない、日本語敬語だけが降り積もる。

私は、何をやってるんだろう…?と、自分の口から発しているはずのその日本語を、遠くでまるで他人のように聞きながらボンヤリ思う。

カチンコチンに心が凍り付いている。


でも。
心が冷え切ってカチンコチンになっていることすら私は気づかないのだ。


そうやって私は今まで生きてきた。

それが、

インド人の1人の青年の片言の日本語が、私の心が凍て付いてしまっていたことに気づかせてくれたのだ。


本当に沢山のことを彼はいつも教えてくれます。

その感謝の気持ちを伝えたいのに「言葉」が邪魔をしてうまく伝えられず、もどかしい…。

どんなに日本語やそして英語を…そして彼の母国語であるヒンドゥ語を並べても、表現できない。


そんなとき、私はカメラのシャッターを押します。

インドに行ったとき、シャッターを押したくない!と思った以来、あれから写真からも随分離れてしまっていたけれど、最近、またカメラを持つようになりました。

でも本格的な一眼レフでは、未だに撮りたいものが見当たらないので、使い古したボロボロのコンデジか、携帯のカメラですけども…。

そんな私の日常写真が、昔撮った写真とまた少し違って見えるのも、彼のおかげだと思います。



明日もってか、もう今日ですが、皆様にとってシャンティな1日でありますように★

残り少ない今年を、思う存分はっちゃけてくだされ~!







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2010'12.02.Thu


level.51

最近。

コミュニケーションって何だろう…?とか、考えたりしてます。


人は1人では生きられないってか、生きてはダメなイキモノだと私は思っています。

でも。
現実は、人に打ち明けたからと言って、それで解決するモノではないし、何一つ、動いていない。

むしろ。
相手に共有を強いてしまった時点で、大変なことをしてしまったかも知れない。

ってか、相手に本当にちゃんと伝わっているのか…不安にもなる。


何も良いことがない。そんな風に思ってしまう…。




それでも。
人は1人では生きちゃダメだと思うんです。

どんなに苦しくても辛くても不安になっても…。

それでも。
相手と向き合い続けなくちゃいけない。逃げ出したらダメ。




でも。
残念なことに、どうしても伝わらない人と人もいます。

そして。
その「伝わらない人」って分かる為にも、ちゃんと向き合うことが大前提。


心を剥き出しにして、そしてその心の真ん中にある自分にとって大切な大切なそれを相手に差し出さないと、何も分からない。始まらない。


もしかしたら。
「伝わらない人」かも知れない。私の大切なそれが、相手のそれと全く違うのかも知れない。

その瞬間。
物凄く傷つきショックを受けるかも知れないけれど、でもそれはとても大切なことだと思うんです。

人が人として生きる為に。



インド人の彼と相変わらず、毎日メールをしています。ちなみに…スカイプで話もほぼ毎日しています。

元来。
ユックリノンビリの性格で、それに比例して喋るのもユックリ派の私には、頭の回転が想像を絶するほど早く、そしてそれが彼にとっては当たり前のお喋りな彼は、日本語でも私は度々ついていけないことがあります。

会話の内容も次から次にと変わるので、全く飽きないし、宗教や文化が全く異なる彼の考え方やモノの見方は本当に興味深く、面白い。

全く信仰心がない私ですが…。
「祈る」と言う言葉と、その行為が好きで、いつも神と共に生き、彼の全ての1番が何より「神」であることが、私からみるととても神聖なことのように感じます。

「神は『真実はいつも己の中にある』と言っている」

私が仕事やプライベートで色んなトラブルや人々から振り回され疲れ果てていると、彼は良くそうアドバイスをくれ、励ましてくれます。

確かにそうです。
俗世に振り回される私は単なるバカだ。

でもね。
振り回されることによって、新たな自分が導かれることもあるのだと私は思う。

人が人をつくるのだと。


自分のワガママより、人のことばかり考え、そして生きている彼が私はもどかしく、つい、傷つけることばかり言ってしまい、それがまた情けなくもなったりするけれど、

「ワタシは今まで1人で生きてきました。家族にも自分の問題は殆ど言った事がありません」

そうサラリと何かのキッカケで言われたとき、私は思わず泣いてしまいました。

もどかしくて…。そうじゃない!とちゃんと私の考えを伝えたいのに、英語が使えない私に、カタコトの日本語日常会話で話をしてくれている彼に分かる日本語で伝えることのもどかしさ…。

これが目の前にいるのならば、全然違っていた。

渾身の一撃をお見舞いしてやってた。

コミュニケーションの殆どが、表情やボディーランゲージで出来ているのだと、つくづく痛感します。

動揺し、混乱し、そして興奮して泣き声でしか自分を表現出来ない私の泣き声を聞いた彼は、どう思ったのかは分からないけれど、

「これはワタシの当たり前です。ダイジョーブダイジョーブ」

と落ち着いた声で宥めながら、それでも「ネコチャンは元気?」とか、他の話題にし、私の気持ちを落ち着かせようとする、さりげない優しさが、益々自分が情けなくなったけれど、

私は間違っているとは思わない。

これが私の心の真ん中にあるモノだから。


人は1人で生きてはダメ。神と共にもダメ。

人は人と共に生きなければならない。



生れ落ちたその場所で。

当たり前のソレを、大人になった今、根本から変えることなんて出来ないけれど、

「日本とインドはとても遠い…。スナの側にはリアルタイムに一緒に悲しんだり喜んだり困ったり励ましてくれたりする人が居るのか?」

と、自分は「1人」の癖にそればかりを心配し聞いてくる彼に、私はもう一撃食らわせてやりたくて仕方ないです。


野蛮なことしか思い浮かばないバカで愚かな人間ですが、

それでもこんな人間に一生懸命向き合おうとしてくれる彼とは、これからも私も向き合い続けたいと思います。


人が人をつくる。

気付けば…私も随分変わった気がします。

まるで。
インドの1日は日本での1週間くらいに感じるこのパワーを毎日彼から与え続けられて、随分、強くなったし、前向きになった。

インドから帰国して半月ほどですけども!


「祈る」彼が私は好きです。私なんかよりも物凄く様になっていて、そして凄くスマート。

格好だけのモタモタしている私なんかよりも、凄く神聖で神々しい。


それでも私は。
「祈る」と言う意味を彼よりも分かっていると思っています。

神の為、大切な人の為に…そして全ての不幸な人々の為に「祈る」インド人の彼。

私の「祈り」は…私自身の為の祈り。

神が~とか、全人類が~とか、それが何だってんだ。




私は…

あなたがもっと自分に優しくなって、そしてノンビリお茶でも飲んで、ホッコリマッタリして、

隣で一緒にお茶を飲んでいる私なんかに気づかずホッと一息ついてる穏やかなその顔を、

私は見たい。


その私の自己満足の為に、私は祈るだけです。



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